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新たな魅力を発見するプレミアムテキーラの世界プレミアムテキーラとは
林 生馬(日本テキーラ協会会長)プレミアムテキーラの定義は存在しない。100%アガベテキーラはメキシコの法で定められた定義だが、プレミアムテキーラという言葉はあくまでもイメージ上の言葉だ。しかし「プレミアムテキーラ市場」が世界的にしっかりと形成された今、そのイメージや製法には確固たるポリシーが存在する。紹介する4つのブランドは全て100%アガベテキーラであることはもちろんだが、それぞれの深いこだわりがある。
プレミアムテキーラという言葉の誕生の経緯はしっかりとわかっている。フリオ・ゴンザレスが”ドンフリオ”を造ったことで誕生した言葉がプレミアムテキーラである。フリオは1942年に17歳の若さで蒸留所を立ち上げ、初期はトレス・マゲイヤスというブランドで成功していたが病に倒れてしまう。生死の境をさまよったが、なんとか元気になって蒸留所へと生還する。そこでフリオは快気祝いのパーティーを開きたい、“振る舞い酒”を出したいと言い出す。そこで振る舞い酒として造ったのがドンフリオである。テキーラ造りに全てを費やした人生なので、後悔の残らないように全てを投入したテキーラを造りたかった気持ちは十分に察せられる。
まず、10年栽培の大型のピニャを厳選した。そのピニャをそれまでの常識には無い位に皮を深く剥き、辛さを回避。芯のコゴージョも徹底的に取り除いて苦さも回避した結果、高価なピニャの半分近くを捨てることになり、残った真っ白なピニャの中心部のみで100%アガベテキーラを造った。精米歩合で言えば50%である。最初のドンフリオはレポサドのみで、そのスムースなテキーラを樽熟成するのだが、樽は優しい熟成になるバーボン樽をチョイス。普通のバーボン樽では嫌だと言い出し、ライ麦の代わりに冬小麦を使ったウィーテッドバーボンの樽のみを使用した。これはライ麦の刺激を回避するためだ。さらに樽熟成庫内を天井から時おり加湿することで年間15%ある天使の分け前を大幅に縮小。寒冷地で熟成したかのようなバニリンを引き出した。
完成したテキーラは驚くほどミルキーな甘味を持ち、辛苦さを徹底的に抑え込み、それまでには無いバニリンを引き出した。低いボトルもフリオ・ゴンザレスのアイディアで、倒されないし、テーブルにボトルが並んでも話が弾むようにという配慮だ。1985年に販売開始され、90年代から輸出が始まったこのスムーズかつゴージャスなバニリンを備えたドンフリオという100%アガベテキーラは世界中に衝撃を与え、この時にプレミアムテキーラという呼び名が誕生した。ドンフリオこそが元祖プレミアムテキーラであるという話に異を唱える人はいないであろう。
その後、このコンセプトはテキーラの世界で広く広がり、プレミアムテキーラという言葉はこだわりのある100%アガベテキーラを広く指すようになる。
パトロンはドンフリオと同じく土が肥沃なアトトニルコ地区にあり、1942年創業のドンフリオに対し、パトロンは1980年にはじまった比較的新しいブランドだ。その新しいパトロンが瞬く間にドンフリオと肩を並べるプレミアムテキーラになったのにはもちろん理由がある。
パトロンは創立時から現在まで、最も複雑かつ細部までこだわったレシピで造られている。パトロン蒸溜所には生産ラインが2本あり、1つがオーソドックスでスムーズなプレミアムテキーラを造るライン。もう1つが「タオナ」と呼ばれる回転式石臼でアガベを搾汁し、麦わら状のアガベの絞りかす「バガス」とともに発酵させたラインである。これはボージョレワインのマセラシオンと同じコンセプトで、アガベが持つ強い野性味を引き出す製法だ。この2つのラインから造られる原酒をほぼ均等にブレンドしたのがパトロンのシルバー。そしてこのシルバーを、バーボン樽、フレンチ・リムーザン樽、フレンチ・アリエール樽、ハンガリアンオーク樽などに分けて熟成し、再びブレンドしたのがパトロンのレポサドやアネホである。原酒をブレンドするレシピはテキーラでは極めて珍しいが、樽の種類も大変多くなっている。それどころかパトロンは生産量を確保するため、クラフトの造りをそのまま多数化しているのも類をみない。パトロン蒸溜所には、小型の発酵槽が700以上、小型の単式蒸溜器が180以上ある。この製法は蒸溜酒界全体で見ても他にない大規模なクラフト蒸溜所であると言えるのではないだろうか。
このような多くのこだわりを持って造り続けられているパトロンは、アメリカ市場でもトップクラスの蒸溜酒ブランドとなっている。
1800は最古にして最大のテキーラ生産者であるクエルボ蒸溜所が造るプレミアムテキーラである。1800はスペイン語では「ミル・オチョ・シエントス」と読み、メキシコでもミルオチョシエントスと毎回言っている。ブランド名の由来はクエルボ蒸溜所での樽熟成が始まったのが1800年頃であることから。確かに1800は樽熟成したアネホが人気で、日本市場では1800の売上の8割以上がアネホとなっている。日本のバーでも単に「アネホ」としてオンメニューになっているケースをよく見るが、もちろん正しくは1800アネホであり、それほど人気が高いという事であろう。
1800アネホはフレンチ・リムーザン新樽を中心にアメリカンオーク新樽も使った熟成で、これはまさにテキーラを知り尽くしたクエルボ蒸溜所ならではの絶妙な熟成である。クエルボ蒸溜所の原酒はややスパイシーであるが、そのスパイシーさと、フレンチ・リムーザンが持つ木質が極めて相性が良く、さらにリムーザンが持つドライフルーツ香、アメリカンオークからのバニラ香が追ってフィニッシュまでエレガントだ。クエルボ蒸溜所独特の発酵酵母が持つクエルボ香とも相性が良く、1800アネホはテキーラ初心者からエキスパートまで、幅広い層が納得する造りであり、さすがである。
近年ではコニャック樽でさらに追熟した1800ミレニオや、活性炭フィルターにて透明にした1800アネホクリスタリーノまでラインナップされ、老舗ながらチャレンジを忘れていないのも嬉しい限り。
トレスジェネレーションはサウザ蒸溜所のプレミアムテキーラである。サウザ蒸溜所はクエルボ蒸溜所と同じくテキーラ地区にあり、テキーラ業界でのワンツートップがクエルボとサウザだ。
サウザ蒸溜所は1873年創業の歴史ある蒸溜所だが、現在はサントリー傘下の蒸溜所である。テキーラの世界で蒸溜所のオーナーが日本人であるのはこのサウザ蒸溜所のみであり、業界2番手の名門蒸溜所を収めているのは、さすが日本のサントリーである。サウザ蒸溜所はサントリー傘下になる前から革新的な蒸溜所として知られ、新技術を積極的に採用している。
アガベの搾汁・糖化にはディフューザーという最新の技術が使われる。ディフューザーはアシッド・サーマル・ハイドロシスとも呼ばれ、搾汁液が非常に効率良く取り出せるが、粘度が低くなる、またアガベのリコリス香がマイルドになる傾向もある。つまりスッキリした印象である。その後発酵を経て、連続式、単式、単式と3回蒸溜される。テキーラの多くは単式2回蒸溜なので、3回蒸溜は珍しい製法である。
ディフューザーの後、連続式も含めた3回蒸溜であるので、その仕上がりはクリーンで軽やかであるが、それこそがサウザの持ち味だ。メキシコ市場でもアメリカ市場でもアガベのリコリス香の魅力は多くが十分に知っており、アガベをわざわざ3回蒸溜したクリーンスピリッツを飲みたいというファンが確実に存在し、実は1本10万円を越えるような超高級テキーラに3回蒸溜は少なくない。クリーンかつ軽やかな酒質の向こうにアガベが見えるテイストは、日本市場ではやや上級者向けになるかもしれないが、これもプレミアムテキーラの魅力の一翼である。
プレミアムテキーラはまだまだ多くのブランド名があるが、それぞれがそれぞれのこだわりを持っている。
文/林 生馬(日本テキーラ協会会長)
1968年東京生まれ。カリフォルニア州で映画制作スタッフとして活躍。ハリウッド・ビジネスの中枢で活動中に周囲の影響からテキーラに出会う。映画スタッフらをはじめ、ショーン・コネリーや北野武監督らとテキーラを酌み交わす経験を得て、テキーラの最先端の飲み方およびテキーラブームの到来を目の当たりにする。訪れた蒸留所は100を数えテイスティングした銘柄は2000を超える。テキーラ蒸留所のスタッフやテキーラ・アンバサダーとの親交も深く日本へ帰国後2008年7月に「日本テキーラ協会」を創立。メキシコ大使館やFOODEXをはじめ、日本全国の会場でテキーラの講習会を行う。著書に「テキーラ大鑑(廣済堂出版)」 TVやラジオ、新聞、雑誌など各種メディアへの出演多数。