2017.02.20 Mon
たまさぶろのBAR遊記バーボンの本場ケンタッキーを巡る
1. ケーシー・ジョーンズ蒸留所
たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイスト昨年、西海岸ワシントン州のレポートでお送りした通り、現在規制緩和によりアメリカ全土でマイクロ・ディスティラリーが急増中だ。アメリカを代表するウイスキー「バーボン」の本場・ケンタッキー州もその例に漏れず、これまでバーボンを生産してきた既存の蒸留所とは異なる、小規模蒸留所が増えている。
今回、向かった先は同州ホプキンスヴィル。ホプキンスヴィルは州の西端に近い、人口3万人を超える都市。雑誌「ムー」などではお馴染みだが、ニューエイジに影響を与えた透視能力者エドガー・ケイシーの出身地であり、宇宙人目撃情報として有名な「ホプキンスヴィル事件」の舞台でもある。
なんだか怪しげな紹介になってしまったが、街は今年8月21日に起きる大規模な皆既日蝕で盛り上がっている。この皆既日蝕は北米大陸で西のオレゴン州から東のサウスカロライナ州で見られると予想され、その中心でありもっとも条件が良いのが、ここホプキンスヴィル。街では観光局に特別部署まで設け、全米からの訪問者受け入れ態勢を取っている。すでに昨年の段階で、特製Tシャツも仕上がっており驚いた。私も一枚プレゼントを受けたのが、写真のデザインだ。
最初に足を運んだ蒸留所は、街郊外に位置する「ケーシー・ジョーンズ蒸留所」。
マスター・ディスティラーのアーロン・ケーシー・ジョーンズ氏は、これまで雑貨屋を営んでいたが、規制緩和を契機に蒸留免許を取得。2014年、この地に蒸留所を開き運営、ウイスキーの製造と販売に携わっている。
アーロン氏の祖父、アルフレッド・ケーシー・ジョーンズ氏は1967年から、「蒸留器」を製造・販売。その特徴は、オリジナルかつユニークな形をしたポットスティルにある。その名も「ワーゴンベッド・スティル」と呼ばれる。アルフレッド氏が発明・開発した蒸留器だ。
蒸留器は通常、ポットスティルと呼ばれる通り、真上から見ると、円形であることが一般的。なんとなくでかいヤカンを想起させる形状だ。しかし、ワーゴンベッド・スティルは真上から見ると四角、長方形。
いわゆる「ネック」と呼ばれ、蒸気が上がっていくヤカンの口のような部分は、筒状となっているものの、ヤカンのお湯を沸かすための、底から直接に火にかけられるボディ部分は、丸みを帯びておらず、まったくの立方体となっている。サントリーやニッカの蒸留所で見かけるそれよりも圧倒的に小さく、そして見たこともないようなフォルムだ。
そのフォルムを引き継いだ蒸留器のコンパクトさについては、米ワシントン州の蒸留所レポートで筆者もだいぶ慣れたものの、これだけの異形さには、少々驚く。なんとこれが簡単に分解も可能で移動、持ち運びも出来るという。
実は祖父のアルフレッド氏が、このタイプの蒸留器製作を始めたのには理由があった。この蒸留器は、そもそも「ムーンシャイン」を作り出すために製作されたのだ。
「ムーンシャイン」は、現在では愛飲家の間で広く通用するものの、もともとアメリカで密造酒を指す隠語。時の為政者がアルコール飲料に重い税金を課すというのは、現在の日本も含め、世の常。徴収吏の目を逃れるため、その蒸留酒を樽に隠し、偶然樽熟成が行われるようなったというのは有名な逸話。
アメリカでは特に1920から33年の禁酒法時代、蒸留酒を造る側は、なんとかその目を逃れようと山へと逃げ込み、人里離れた場所で、月光を頼りに蒸留酒を製造した。その密造酒を「ムーンシャイン(月光)」と呼ぶようになった。
徴収吏も指をくわえて見ているわけにはいかない。山へ入り、密造を摘発しなければならない。そこでケーシー・ジョーンズのワーゴンベッド・スティル蒸留器が登場する。この蒸留器はトラックの荷台にすっぽりと積載可能な形状をしており、トラックに載せてしまえば、どこへでも移動可能…つまり徴収吏からの逃亡が容易になる。
アルフレッド氏がポットスティルを開発したのは1967年。しかし、ひょっとすると禁酒法時代から、似たような形状もしくは用途の蒸留器がアメリカのどこかで生産されていたのかもしれない。
もちろん、この蒸留所は許諾を得て運営されているが、蒸留器は昔ながらにその形状を踏襲している。
コンパクトなサイズの影響も大きいだろうが、ジョーンズ氏は、「このフラットな底辺を持つことで、火の周りが早く、蒸留時間を短くすることができる」と利点を説いている。蒸留時間は、最短で30分、長くとも2時間半程度だと言う。熟成はナンバー4チャー(内側をもっともよく焦がした)ホワイトオーク材で、8カ月とかなり短い熟成のウイスキーはまだ若い。
アメリカの蒸留所としては珍しく、ケーシー・ジョーンズではバーボンを作っていない。現在、力を入れているのは今年の皆既日蝕に合わせて蒸留している「トータルエクリプス・ムーンシャイン」。皆既日蝕なのか月光なのか紛らわしい…。そして、加糖して熟成させているアメリカン・ウイスキー。アーロン氏曰く、ジョーンズ家のファミリー・ビジネスとして「バーボンは作らない」というポリシーがあるのだそうだ。
ケーシー・ジョーンズ・ディスティラリーの裏には、美しい池が配されており、蒸留所に設えた瀟洒なロッジ風のテイスティング・エリアから、その池を望むことができる。ケンタッキーならではの心地よい緑の風に吹かれながら、荒々しいアメリカン・ウイスキーを口にしていると、古来生まれたばかりのケンタッキーのウイスキーは、こんなテイストだったのではないかと、想像してしまう。
「生まれたばかりの昔ながらのウイスキーを味わえる」…ケンタッキー州のマイクロ・ディスティラリーには、そんな存在意義があるのではないか。自然も一緒に楽しめる…アメリカの田舎ならではの小さな蒸留所巡りも、ぜひ一度は味わってもらいたい。それがニューヨークやロサンゼルスにはない、本当のアメリカの醍醐味かもしれない。
ケーシー・ジョーンズ家の蒸留器製作は2月4日、50周年を迎えた。
Casey Jones Distillery
2815 Witty Lane,
Hopkinsville, KY
Tel:1-270-839-9987
元CNN 、BAR評論家、エッセイスト
立教大学文学部英米文学科卒。週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。CNN本社にてChief Director of Sportsとして勤務。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」をプロデュース。日本で初めて既存メディアとウェブメディアの融合を成功させる。これまでに訪れたバーは日本だけで1000軒超。2015年6月、女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』上梓。米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材とした新作エッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在』、好評発売中。
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