2017.08.7 Mon
たまさぶろのBAR遊記禁酒法以来シカゴに生まれた
初のウイスキー蒸留所
「コーヴァル」を訪ねる
たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイストシカゴの北部、閑静な住宅街に位置する「コーヴァル蒸留所」を訪ね、やっとその正しい解を得た。コーヴァルは、前回レポートをお届けしたシカゴ・カブスの本拠地「リグレー・フィールド」から、さらに2キロほど北に位置している。これまで取材を重ねて来たクラフト・ディスティラリーは、農場の一軒家あり、倉庫を改造した一室、自宅のガレージ、新築の蒸留所などなど多岐に渡るスタイルが見られたが、コーヴァルは古い造りのオフィスビルの一角とそのガレージを蒸溜所として活用していた。
こちらの蒸留所を切り盛りするのは、創業者でありマスター・ディステラーのロバート・バーネッカー氏、代表取締役ソナット・バーネッカー氏の夫妻。首都ワシントンDCで暮らしていた夫妻は2008年、首都に家を買って暮らすか、何か新しいことを始めるか…という選択肢について考え、それまでのキャリアを切り上げ、ソナット氏の出身地シカゴでウイスキーの蒸留所をスタートさせる人生を選んだ。ロバート氏は、オーストリア出身。実家は、蒸留所そしてワイナリーであった。
こうしてコーヴァルの特徴的なハイブリット・スティルが誕生した。伝統的な手法ポットスティルも残しつつ、高さ7メートル、各9層のコラムを持つ2本のコラムスティルを備えた、全工程を電子制御する最新の蒸留器が完成した。
ロバート氏は自身の蒸留所をスタートした後、アメリカで蒸留器導入のワークショップを開くことになり、この8年間で2500人、150社にその知識を広めて来た。つまり、コーテ社の蒸留器がアメリカのクラフト・ディスティラリーに広まっている今日の状況はロバート氏の功績である。ここ数年の疑問がやっと解けた。
現在、日本で入手可能なコーヴァルの主力ウイスキーは4種。前述のミレット・ウイスキー、ライ・ウイスキー、バーボン、そしてフォーグレーンとなっている。そのどれもが、他の小規模蒸留所と比較し、群を抜く実力を備え、4種の甲乙はつけがたいところながら、個人的なお気に入りは、2012年インターナショナルウイスキーコンペティションで金賞を獲得したフォーグレインか。
フォーグレインは、大麦37.5%, えん麦(オート)37.5%、ライ麦12.5%、小麦12.5%を原料としたユニークな逸品。複雑な豊かな香りにスパイシーさ、そして#3のチャーを施した新樽によるスモーキーさも感じられる。元々は、原材料のショーケースとしてシーズナルにリリースしたんだそうだが、すっかりスタンダード化している。
海外の蒸留所へ足を運ぶと、取材はもちろん英語で…というのが常識。しかし酒類業界各位がご存知の通り、こちらの蒸留所には小嶋冬子氏という日本人マーケティング担当が勤めており、シカゴでの取材はすべて日本語対応という珍しい体験をして来た。こちらで感謝の意を添えておく。
シカゴに足を運ぶ機会があれば、英語が苦手でもコーヴァルの解説をお願いできるので、中心地からちょっと足を伸ばしてはいかがか。
シカゴと言えば、1920年代の禁酒法時代、アル・カポネを始めとするマフィアの抗争で悪名を轟かせた街。ショーン・コネリー、ケヴィン・コスナーが出演した映画「アンタッチャブル」を思い出す方も多かろう。コーヴァルは、そんな時代以来、シカゴに生まれた初の蒸留所だ。1860年代、シカゴには8つの蒸留所があり、イリノイ州については、セント・ルイスとの中間地点にあるペオリアという街に73もの蒸留所があった。しかし、禁酒法時代を経ることで、ウイスキー産業はすっかり廃れてしまい、ウイスキーの中心はケンタッキー州に残された。
それだけに、地元シカゴの人々もコーヴァルについて深い思い入れがある。シカゴでの最後の夜、入手したボトルを機内持ち込みできない私は、ホテルのバーでコーヴァルのジンのボトルを差し出し、「これでカクテルを作ってくれ」とバーテンダーに依頼した。「残った分は、バーにおいていくからさ」。ボトルの半分ほどは飲んだろうか。「え? 本当にいいの?」と、歓喜したバーテンダーが、私に請求した金額は、わずか5ドルだった。コーヴァルが、地元シカゴでどれほど支持を得ているいるかのバロメーターだろう。
しかし、あまり日本で知名度が上がってしまうと、入手しにくくなってしまう。流行り過ぎても、困りものだ。
元CNN 、BAR評論家、エッセイスト
立教大学文学部英米文学科卒。週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。CNN本社にてChief Director of Sportsとして勤務。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」をプロデュース。日本で初めて既存メディアとウェブメディアの融合を成功させる。これまでに訪れたバーは日本だけで1000軒超。2015年6月、女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』上梓。米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材とした新作エッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在』、好評発売中。
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