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2019.07.25 Thu

たまさぶろのBAR遊記ビールの美味い季節、初体験の新しい味は伝説のホップから造られた

たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイスト

ビールが美味い季節がやって来た。やはり、ひと仕事を終えた後は至極の一杯。ああ、幸せ…。

そこで最近、ちょっとハマっているのが酒屋店頭での角打ち。「さて、今日はどの生ビールにするか…」とオヤジからリストを受け取ると「SORACHI」という耳慣れない銘柄が並んでいる。ニューヨーク居住時代からブルックリンラガーを推して来たが、たまには新しいビールにも挑戦せねば…とそいつをもらうことに。

下町・深川の夕刻には昔ながらの風情が残っている。ふざけあいながら下校する中学生の集団、散歩途中の腰の曲がったおばあさん、子供を乗せ猛スピードで帰宅を急いでいるのであろうママチャリ、居酒屋へと向かうサラリーマン数人…夏の日はまだ暮れきらず、酒屋の店先のぼんぼりにも赤い灯が入る。

そこへSORACHIのグラスがやって来る。ごくりとひと口、むむ、美味い。すっきりと爽やかでありながら香り豊かでホップの苦味もしっかりしている、まさに夏。金鳥の夏、日本の夏!

お代わりのため酒屋のレジに戻ると、オヤジがSORACHIのチラシを見せてくれた。すると、それがサッポロの商品であり、その開発には新井さんが携わっている事実がわかった。新井健司さんと言えば数年前「クラフトラベル」の取材でお世話になった。

図々しい私は「そうか、せっかくだから新井さんに訊ねてみよう」とそんな運びで恵比寿のサッポロにお邪魔した。


サッポロビール株式会社 クラフト事業部 Innovative Brewer ブリューイングデザイナー 新井健司さん

「クラフトラベルの時ですから4年ぶりですよね」と新井さんはその歳月を感じさせず、快く応えてくれた。

サッポロが「クラフトラベル」でクラフトビール市場に参入したのは2015年のこと。他メーカーもこぞってクラフトを投入し「クラフト元年」とも言われた。クラフトビールの市場におけるシェアも0.5%未満から0.8%に伸び、成果は見られたもの数年後に新たな葛藤も生まれた。

「クラフトビールは、大手メーカーのビールに対するアンチテーゼのはず。大手がクラフトを作り続けるのはつじつまが合わない。このままクラフトをやり続けるのか。本当にクラフトをやりたかったのか」と新井さんは自問したという。

そこで原点に立ち返った。「いや、新しい切り口を見出し、それをお客さんに提供するだけ」とクラフトを一旦、終了し「楽しいビールを」と2017年に「イノベイティブブリュワー」を立ち上げた。

大手ビールメーカー…とひと言で表現しても、それぞれに特色がある。中でもサッポロは、麦芽とホップを開発しながらビールも作る世界で唯一のメーカーという特徴がある。

「それがビール作りに主眼を置きすぎ、もったいないと思うようになったんです。主役はホップ。ホップの種類が違うと味は違う。その凄さを感じてはいるけど、(お客さんに)伝わっていない。ホップを楽しんでもらうためにビールを作る…と発想を変えてみました」。

主役となっている「ソラチエース」というホップの誕生は1984年まで遡る。時代はバブル期突入前、1987年に登場したアサヒ・スーパードライのように、爽快に飲めるビールが全盛を誇った時代、残念ながらホップらしいソラチエースという種類は陽の目を浴びる機会がなかった。

その後、北海道空知郡上富良野で生まれたソラチエースは1994年、アメリカへとわたる。そこでダレン・ガメシュさんというホップ農家が、このホップを再発見。さらに多くのブリューワーに知られ、ヨーロッパにも受け入れられるようになる。新井さん自身はビール作りを学ぶため2013年にドイツへ留学。サッポロの社員だと知ると、周囲からソラチエースを紹介された。

「ソラチエース」は産地「空知」と、ホップとして次世代の「エースになって欲しい」という願いから命名された。そのホップが35年の月日と地球を一周した旅の末、日本に返り咲いた。

試行錯誤の末、「どんな方向で商品を提案したら良いかがわかって来た。もっとも響いたのがホップを主役にしたもの。普通、ビールは『このビールを作るためには、どのホップを使ったらいいだろう』と考えるんですが、逆にソラチの個性を楽しみつつ何杯でも頼んでもらえるには、どうすれば良いか…そう考えたら、イメージは湧きやすかったんです。『このあたりでやってみようか』と開発担当と案外早く決まりました。『しめた! そうそうこれだよ』という感覚。(ブリューワーとしての)醍醐味ですね」。

こうして誕生したビール「SORACHI 1984」の仕上がりには満足しているが、CMを打つなど大きなプロモーションをかける予定はない。ソラチエースが誕生した年にちなみ1984人のブランドアンバサダーを募り、じわじわと拡大を図っているという。「本当に好きな人に知ってもらい、そこから広げられればいい」と新井さん。実際、アンバサダーへ約1万2000人からの応募があったそうだ。

現在はアメリカ産のソラチエースをメインで使用しているが、日本産のソラチエースのみを使用し1000円の限定品をリリースしたことも。これも大好評のうちに終了。現在、「SORACHI 1984」のみの商品ラインナップながら、「愛してくれているお客様を中心としたビール好き層に対して、中味の評価を聞くテストマーケティングとして」三種類の追加リリースがある。

「ダブル」はずばり「追いソラチエース」。ホップを2倍投入し、ソラチエースを存分に楽しんでもらうために送り出す。「セッション」は音楽をイメージさせるが、ビール作りでは「飲みやすく、ずっと呑んでいられること」を「セッション」と呼ぶとか。人気のモザイクホップと合わせることで、ソラチの苦手な方にもオススメ。「アマリロ」は、ガメシュさんの農場で発見された最初のフレーバーホップ。ソラチエースとのかかわりが深いアマリロホップを主役に据えたバージョンだ。

新井さんはビール作りについて「(味の)方向性がなかなか決まらないと時もあるんです。イメージに近づかない…とか。そんな時は逆に、イメージがぶれている時もある」とその難しさについて語る。しかしことSORACHIについては、「イメージにぴったりだったので作りやすかった」と、自信作を送り出したその爽やかな達成感に浸っているかのようにも思えた。

さて、今日も東京の夏らしくだいぶじっとり来る。やはり帰りは、角打ちでぐびっと行くことにするかな。


たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイスト
立教大学文学部英米文学科卒。週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。CNN本社にてChief Director of Sportsとして勤務。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」をプロデュース。日本で初めて既存メディアとウェブメディアの融合を成功させる。これまでに訪れたバーは日本だけで1000軒超。2015年6月、女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』上梓。米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York』、2016年1月発売予定。

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