2019.08.8 Thu
たまさぶろのBAR遊記京王プラザホテル「ラグビーカクテル」
たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイストこのイベントの重大さにBAR業界はまだ気づいていないのではないかと憂いている。このイベントでは180万枚のチケットが出回るとされるが、そのうち4分の1ほどが海外からの観戦客。この事実が何を招くかというと、ずばり「アルコール不足」だ。なにしろ国外にまで追いかけて来る熱心なラグビー・ファンが大挙する。もちろん彼らが摂取するアルコール量は半端ない。
10年前、日本で初めて「ブレディスローカップ」が開催された。場所は今はなき国立競技場。ニュージーランド総督だったブレディスロー卿の名を関したニュージーランド代表オールブラックスとオーストラリア代表ワラビーズの国際対抗試合は1931年から始まり、ワールドカップ日本開催への布石として2009年に国内初開催となった。
試合そのものは恒例、熱い戦いが繰り広げられたが、問題となったのは観客席。ラグビー観戦にはビールがつきもの…というわけでオーストラリア人やニュージーランド人も詰めかけ、あっという間にビールが売り切れた。これに我慢ならない観客は競技場外からビールを持ち込もうと警備員らともみ合いになり、危うく暴動勃発という事態と相成った。
ラグビー関係者もかなり神経を尖らせており、これを教訓とし昨年10月に日産スタジアムで8年ぶりに開催された第2回では、事なきを得た。かく言う私もかつてダブリンを訪れた際、ちょうどアイルランド対フランスの対抗試合があり試合後、町中のパブでもみくちゃの目に遭ったことがある。
もちろん、これは日本のBAR業界からすればチャンスでもある。オリンピックは2週間かそこらで終了するが、このワールドカップは9月下旬から11月初旬まで1か月半にわたり全国で開催される。これは存分に日本のBAR文化をお披露目する絶好の機会…。
そんなことを考えていたら、京王プラザホテルがワールドカップ開催を記念し、大会向けにカクテルラインナップを揃えていた。ワールドカップとのカプリングに関心を寄せたのは私だけではなく、オーストラリアの旅行誌『トラベラーズ』も同様。取材に伺うと同誌の寄稿家デイビッド・マクゴニガルさんと鉢合わせとなった。私は6種類、すべてテイスティングに挑んだが、デイビッドさんはオーストラリア人らしからず(失礼!)「私はそんな全種類はいらないよ」と遠慮していた。奥ゆかしい(笑)。ラグビーワールドカップ日本開催のおかげで、日本のカクテルまでが注目されるとは、BAR業界としてもありがたい限りだ。
同ホテルがリリースした「ラグビーカクテル」は6種類。すでに6月1日からメインバー「ブリアン」、カクテル&ティーラウンジ、スカイラウンジ「オーロラ」にて提供され、大会終了後の11月30日まで味わうことができる。バリエーションに富んだカクテルを、少しだけ味見して来たので、そのノートをここに披露したい。
初めに試したのは「アフターマッチファンクション」。最近、TVドラマ『ノーサイド』というのが話題となっているようだが、こちらはラグビー特有の試合終了を意味し、その後に敵味方なく一堂が会す試合後のパーティをこう呼ぶ。そのパーティの食前酒をイメージし、同ホテルの飲料部顧問・渡辺一也が1986年にコンペティションでグランプリに輝いたひと品「セレブレーション」をアレンジ。この日は獺祭のスパークリングにサントリーのジン六を使用、フレッシュの酢橘に柚子シロップ、旨味ビターで仕上げたフレッシュなフィニッシュを持つ。私の好みではあるが、屈強なラガーマンにとっては「朝飯前」な一杯かも。
続いてトライしたのは「ナンバー8」。ラグビーの花形ポジションをその名に冠した一杯は、ワイルドターキー8年とバカルディ8を調和させたバーボンをベースにしたカクテル。ナンバー8に必要な力強さとステップの華麗さを表現してみた…とのこと。ウイスキーベース・カクテルのバリエーションを増やす点でも有効。決定力のあるテイストも売りだ。
「スクリューパス」はアルコール度数3%未満の「スマートカクテル」。アルコールが苦手な方でもBARの雰囲気を愉しむことができるよう「スマートカクテル委員会」により提唱されているとか。スタンダード「スクリュードライバー」をアレンジ。オレンジジュース、ビネガー、レモン、コリアンダー、パッションフルーツを使用。「チームメートが取りやすいパス」をイメージした優しいカクテルだ。
ラグビーに馴染みのある方であれば「ブレイブブロッサム」が何を意味するかおわかりだろう。ラグビー日本代表のニックネームを冠し、チームへのエールの意味をこめ創作。桜リキュールをベースに、生姜シロップ、紫蘇をかけあわせ、レモンの酸味を加えシェイク、グラス上で日本酒をフローティングし完成だ。日本代表の多彩な技を表現。代表ユニフォームをイメージし、グラスには赤い江戸切子を使用、カクテルは桜色に仕上げる凝りようだ。
「スクラム」は8選手で構成されるラグビーのスクラムをモチーフに8種類の素材をシェイク、その一体感を提供する。ベースはブラジルのカシャーサ、日本の焼酎に、アップルバーボン、シロワインビネガー、はちみつ(NZ)、レモン、アブサン、コーラ(コカ)、八角をトッピングするこだわりで香り付け。スクラムも拮抗した力のバランスが鍵となるが、このカクテルもバランスが最重要。みごとそれを体現している。
「トライ〜コンバージョンゴール」はラグビーの得点における一連の流れと、チームの歓喜を体現している。欧州強豪国で開催される大会「シックスネーションズ」にちなみに六カ国の素材を使用。ベイリーズ、ブランデー、バタースコッチリキュール、クリームチーズとミルクブレンド、レーズンとシナモンそれに乾燥卵白の入ったウェルシュケーキ風シロップにより最初のトライを表現、最後にイタリアのエスプレッソを注ぐことで、コンバージョンゴールの追加点、二度目の歓喜を体現する凝った一杯に仕上がっている。
こうした取り組みは何もホテルに限定される必要はない。特に開催都市となる札幌、釜石、熊谷、東京、横浜、静岡、豊田、東大阪、神戸、福岡、熊本、大分の各市のお膝下で、それぞれの名産を使用したラグビーカクテルなどを考案すれば、ラグビー・ワールドカップのレガシーとして日本のBAR文化の中に残されて行く可能性もある。
バーテンダー諸氏、名作「雪国」のように自身のカクテルをレガシーとして後世に名を残すチャンスかもしれない。
それにしても、このカクテルのおかげで、味スタ帰りのラガーマンや観客でブリアンがごった返す…なんてことが起きたら、度肝抜かれてしまうだろうが、いったいどうなるのでしょう。
たまさぶろ 元CNN 、BAR評論家、エッセイスト
立教大学文学部英米文学科卒。週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。ニューヨーク大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。CNN本社にてChief Director of Sportsとして勤務。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」をプロデュース。日本で初めて既存メディアとウェブメディアの融合を成功させる。これまでに訪れたバーは日本だけで1000軒超。2015年6月、女性バーテンダー讃歌・書籍『麗しきバーテンダーたち』上梓。米同時多発テロ事件以前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York』、2016年1月発売予定。
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