BAR TIMES

2019.06.11 Tue

コラム:カフェバー ハリー第3話「二十歳の誕生日」

文:いしかわあさこ

読むとバーに行きたくなる。いしかわあさこさんのコラム、第3話をどうぞ。

【あらすじ】
まもなく二十歳を迎える専門学校生のジュンは、「カフェバー ハリー」を営む夫婦のひとり娘。高校時代から店を手伝っているが、両親の仕事にさほど興味はない。ところが、二十歳を迎えた頃からぼんやりと将来を考え始め、店に訪れる人たちとの交流を通じて徐々に両親の仕事、お酒の世界の魅力に気づいていく。

第3話「二十歳の誕生日」 目が覚めたら朝だった。0時ちょうどに誕生日のお祝いカクテルでも作ろうか、と母が言ってくれたのだけれど、睡魔には勝てなかった。
「今夜はお友達を店に呼ぶんでしょう」
予定どおり、私を含めた6人で誕生日パーティをすると告げると、父がローストビーフとシーザーサラダ、アンチョビとオリーブのピザなどを用意するという。いずれも私の好物だ。
いつものように開店し、17時を過ぎるとぱらぱらと友人たちが店に入ってきた。バーへ行ったことがないと緊張している様子だったが、カウンターに立つ母を見ると肩の力が抜けたようだ。約束の17時半には皆集まり、奥のテーブル席でそれぞれが飲み物を注文した。
「ジュンの飲み物はおまかせで良かったよね」
初めてのお酒は、母に託してみようと思った。ただ、この前先輩たちから渡された赤いボトルを使ってほしいとだけ伝えて。カウンターからシェーカーの鳴る音が聞こえた後、運ばれてきたのはピンクのようなオレンジのような色のカクテルで、液面が泡立っていた。
「スプモーニを作ったの。ジュンにぴったりのカクテルかなって」
いつもは「マルティーニ ビター」という銘柄をベースにしているのだが、今日は私が指定した赤いボトル「カンパリ」を使ったようだ。スタンダードレシピもベースはカンパリで、ビルド(※)で作る。グレープフルーツ・ジュースとトニックウォーターを加えて混ぜれば、スプモーニの出来上がりだ。それを母はちょっとアレンジしていて、マルティーニ ビターとその場で搾ったグレープフルーツの果汁、果肉をシェーカーに入れて、シェイクしてからトニックウォーターで割っている。

 「ジュン、お誕生日おめでとう!」
私の前に座った玲奈が乾杯の音頭を取った。グラスを口に付けると、グレープフルーツの粒々とした感触が広がっていく。私にぴったりのカクテルねぇ、と呟いたのを聞き逃さなかった母は「ヒントは誕生日」と言いながらカウンターへ戻った。今日は、10月29日。……あ、と思いかけたとき隣で菜々子が叫んだ。
「あー! 10月29日でしょ、トオ、ニク。トオニック。トニック。さっきトニックウォーターって言ってたよね?」
ただのシャレかい、と苦笑しかけたとき、扉が開いた。見たことがあるその女性は、バイオリンを抱えていた。

※シェーカーやミキシンググラスを使わずに、材料をグラスに直接入れてカクテルを作るスタイルのこと。



いしかわあさこ
東京都出身。飲食業からウイスキー専門誌『Whisky World』の編集を経て、バーとカクテルの専門ライターに。現在は、世界のバーとカクテルトレンドを発信するWEBマガジン『DRINK PLANET』、酒育の会が発行する冊子『Liqul』などに寄稿。編・著書に『The Art of Advanced Cocktail 最先端カクテルの技術』『Standard Cocktails With a Twist~スタンダードカクテルの再構築~』(旭屋出版)『重鎮バーテンダーが紡ぐスタンダード・カクテル』(スタジオタッククリエイティブ)がある。愛犬の名前は、スコットランド・アイラ島の蒸留所が由来の“カリラ”。2019年4月、新刊『バーへ行こう』が発売。


第1話 「週6日の常連客」
第2話 「カウンターに立つ母」
第3話 「二十歳の誕生日」
第4話 「バイオリンの音色が響く夜」
第5話 「バーが繋ぐもの」
第6話 「たくさんの笑顔に囲まれて」

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